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2026年4月 4日 (土)

春の散歩 千代ヶ崎砲台跡 さくらまつり

散歩しやすい季節になってきました。今回は京急久里浜駅から程よい距離を歩いてきました。

Kurihama_01

「京急久里浜駅」の駅前のロータリーと商店街の入り口です。

 

広くてきれいな町です。 アーケードの高さが高いので解放感がありますね。 商店街は横浜Fマリノス推し。

 

とりあえず海の方へ向かいます。

Kurihama_02

こちらは久里浜海岸。通りかかった自転車の向こう側にフェリー埠頭がちらっと見えています。
ここからフェリーに乗ったことはないでが40分で金谷(房総半島)まで行けるらしいです。 そのほか伊豆大島などへいく船もあるようです。

 

 

フェリー埠頭へは向かわず、ペリー公園(ペリー記念館は無料です)

Kurihama_03

1853年、ペリーが最初に上陸したのは、ここ久里浜でした。 

その他にもフラフラと東京湾側の金沢沖などに停泊したり、1854年にも横浜下田函館にも上陸しているので、ペリーさんにまつわる話があちこちにありますね。

 

 

それはさておき、散歩を続けます。

 

久里浜海岸から東側へ進み坂を登っていくとトンネルが見えてきました。

Kurihama_04

おそらく旧道と思われます。長瀬隧道と書かれていました。 道幅は広くありませんがちゃんと歩道があります。

 

 

200mくらい坂を登った先に千代ヶ崎砲台跡があります。 訪れた日はさくらまつりが開催されていました。

Kurihama_05

写真を撮らなかったけど正面の右側にキッチンカーが3台、創作カレーやドリンク、ハンバーガーなどが販売されていて賑わっていました。

 

 

さて、ここからが千代ヶ崎砲台の姿です。

Kurihama_06

レンガ作りの立派な要塞。 1892年から1895年にかけて東京湾要塞の一環としてつくられたものです。東京湾要塞としは横須賀沖の猿島砲台も有名ですね。 

 

 

結構、きれいな状態で残っています。

Kurihama_07

 

砲台の上側からみるとこんな感じ。 さくらまつり中なのでガイドツアーを行っていて普段は入れないところも見学できるようでした。

Kurihama_08

ガイドツアーに参加すればよかったかも。 

 

 

砲台には28cmりゅう弾砲が据え付けられていたとのこと。めちゃくちゃデカい。

Kurihama_10

これだけ仰角が大きな放物線を描くりゅう弾砲って狙いに当たるんですかね。

 

 

砲台のある場所から東京湾をみると房総半島が見えます。 ちょうど黒船が久里浜に向かってきていました。

Kurihama_09

これだけの距離ならりゅう弾砲が当たるのか? 当たらなくても威嚇・警告くらいにはなりそう。

 

ちなみに東京湾要塞の砲台から実攻撃したことは一度もなかったらしいです。

 

 

 

千代ヶ崎砲台を後にして、すぐ近くの浦賀燈明堂跡へ向かいました。

Kurihama_11

燈明堂は現代でいう灯台ですね。 燈明堂「跡」というけど、立派な灯台が再現されていて分かりやすいです。

説明文によると1648年から1872年まで浦賀を出入りする船の安全を守っていたそうです。 年代的にはペリーさんの黒船もこの燈明堂のお世話になったということですね。

 

 

 

特に行くあてもないので、浦賀港まで歩いていきました。

Kurihama_12

以前は浦賀ドックがありました。 現在は、イベントなどで時々見学できるらしいです。

 

 

京急浦賀駅からみた浦賀ドック跡地。 中央の大きな建物がおそらく浦賀ドック関連のものと思います。

Kurihama_13

駅前交差点を東側へ行くと観音埼へ行けるのですが、程よく歩き疲れたので電車にのって帰ることにしました。

 

 

心残りは、浦賀ならではの美味しそうなお食事処を見つけられなかったところですね。

駅近くのスーパー(コープ)でパンとコーヒーを買って済ませてしまいました。

浦賀駅まで行くと駅前には何かあるだろうと思っていたけど、何もなかったんですよね・・・

 

 

本日の歩数 21300歩。距離15km。とスマホに表示されていました。

 

 

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コメント

京急久里浜から千代ケ崎砲台跡、浦賀ドックを経て
京急浦賀までって結構ありますねぇ。
15㎞は相当な運動量だったのではないでしょうか。
砲台跡は面白そうです。桜も満開だったのではないでしょうか?
浦賀駅の近くには防衛大学校があり、この辺りも桜があった気がします。

海も東京湾側とはいえ潮の出入りがあって奇麗そうですね。
夏になると猿島も上陸できるようですので、
そちらも今度楽しまれてみてください。

20世紀最後の15年間は職場が三浦半島西側にあったので
横須賀・三浦は諸所徘徊しましたがもう25年もご無沙汰です。
たかじんさんの写真を拝見しまして懐かしい気がしました。

東京で暮らしてた数年間、横浜や鎌倉までは足を伸ばしてたけど、さらにその先には足を向けたことがなかったっけ。
京急の路線も利用したことがなかったし。😹

第二次世界大戦中、発射する砲弾の軌道は手回し式計算機で計算していたようですね。
大学で4年次に分属した研究室の教授が江田島の海軍兵学校出身で、そんなことを話してました。戦艦大和に乗務して死ぬのは免れたとも。

手回し式計算機なんて見たことはありませんが、第二次世界大戦終結の約40年後にHewlett Packardが発売した科学技術用計算機のHP-15Cはまだ手元にあります。CRフィルタのカットオフ周波数や地震のマグニチュードから断層面の長さや断層の変位量を計算するなど、簡単なプログラムを入れて使ってます。
コンピュータアナライザのHP-16Cも持ってたんですが、こちらはもう使わないからと友人にあげてしまいました。

sawanoriichi さん
三毛にゃんジェロさん

コメントありがとうございます。

久しぶりに長距離を歩きました。 15kmは自宅から駅までの往復も含まれているため、久里浜-浦賀の散歩コースは10kmくらいな気がします。 桜も満開ちかい木が結構ありました。

三浦半島は、過去の遺跡(?)が沢山残っていて散歩コースとして面白いです。 下調べすれば食べ歩きも良いですし、海岸も灯台もきれいです。

今回はペリーさんを辿ったので江戸末期から明治初期ですね。 東京湾要塞の大砲も第1次世界大戦の頃には通用しないものだったと思います。 手回し計算機はどのくらいの時代だったのでしょうかね。 

HPの計算機ですか。 マニアックですね。 私の世代ではシャープのポケコンが幅を利かせていたような気がします。 HPを使っていた友人は1人だけでした。

猿島には15年くらい前に一度行ったことがありましたが、夏の時期で暑すぎて島半分くらいでギブアップしました。 涼しい季節にリベンジしたいです。
そう言えば防衛大学校もありますね。京急の電車では海兵さん的な制服の学生を時々見かけます。

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