3種類ある? リクロックの回路方式
デジタルオーディオ機器、特にDACやDDCに関して「リクロック」と言われる技術が謳われることがあります。Re-Clockとはクロックを作り直す再生成という意味で使われています。一体なにをどうしているのでしょうか?
SPDIFの記事にコメントを頂いているクロックジェネレータという機器に もリクロックという言葉がでてきていますので、ちょっとまとめておこうと思いました。
ひと言で、リクロックといっても3種類ほどの方式があります。それぞれ、効果の真偽や問題点をまとめて見ていきましょう。
1.メモリバッファ式リクロック回路
エレアトさんや、お気楽オーディオさんの基板でも有名ですね。実際にオーディオメーカーのDAC内部にこの機能を入れた製品もあります。SPDIF信号が引き起こしやすいジッター発生を低減するために使われることが多いかと思います。
制御は意外と面倒です。入力される信号と内部のマスタークロックは非同期なため、メモリバッファが足りなくなったり溢れてしまう可能性があります。曲間の無音部分を検出して、メモリをいったん開放しています。
効果は、ジッターも含めて入力クロックの影響を完全に切り離すことができ、内部のマスタークロックにて信号を作り出すことが出来ます。従って音質向上の効果は高いです。
問題点1:送り出し側と受け取り側のクロック周波数の差異が大きかった場合、メモリ内部のデータが枯渇したり、逆に溢れたりする可能性があります。曲間が無いライブ CDなどは特に厳しくなってきます。
問題点2:メモリにデータを貯めこんだ分、再生音が遅延します。映画を見るときなど、映像は遅延なしですが音声はメモリバッファで遅延してしまいます。
2.フリップフロップによる同期化
これは、ロジック回路でよく行われる非同期信号を取り込む処理です。が、メタステーブルに注意が必要です。また、いわゆるランダムなジッターは1クロックずれに変化します。フラクショナルN型PLLのクロックずれと同じように、あるタイミングで1クロックずれを引き起こします。ラズパイのD-PLLのMASHの功罪と一緒です。
デジタル回路を設計したことがある人は、まず最初に教えられるのでご存じの方は多いと思います。同期していない信号をクロックで叩くとメタステーブルという現象が起こります。詳細はこちらをご覧ください。 自作基板などでD-FF(74HC74など)1段しかない非同期回路をたまに見かけますね。FFを2段もしくは3段にすることで回避できますので、ぜひそうしてください。
同期させる側のクロックは、100MHzなど高い周波数で叩くと、クロックずれの頻度が増え、逆に低い周波数にすると、クロックずれのずれ幅が大きくなるというジレンマがあります。原理的に問題を解決できない仕組みですので、オーディオメーカーの製品に載ることは無いと思われます。おそらく海外のDiyAudio系のフォーラムで誰かがやり始めたのが始まりと思います。
効果として、ジッターがランダム(ガウス分布?)から1クロックずれに変わるので音は変化すると思います。そういう音の変化を楽しむアイテムのひとつと捉えると面白いですね。
3.DAC側のマスタークロックに同期させる
MUTEC社のMC-3+USBというUSB-DDC兼クロックジェネレータの製品でリクロックという謳っているので、ここに挙げました。
アシンクロナス伝送ができるUSB-DACやUSB-DDCは、送り出し機器(PCやmacなど)のクロックを基準にせず、USB-Audio機器側のクロックを基準にします。メモリバッファ式リクロックと違うのは、送り出し側に命令を出せるところです。1時間ぶっ通しのライブとかでもメモリ内のデータが枯渇したり溢れたりしません。
まあ、これをリクロックと呼ぶかどうかは少し微妙ですが、USB-Audio機器のクロックをマスターにできるため理想的です。
I2S-DACでもDAC側クロックをマスターにできる基板はこれと同じで、送り出し機器をスレーブにすることが出来るラズパイなどで使える技術です。(それをリクロックとは言ってません)
ちなみに、MC-3+USBはSPDIF、AES/EBU入力もあり、その時は正真正銘のリクロック動作になると思われます。
番外編.K2インターフェース
昔、ビクターにK2インターフェースというデジタルデータ転送技術がありました。K2インターフェースはリクロックとは呼んでいませんが、これがリクロック技術の発祥ではないでしょうか。
A.受信したデジタル信号
B.基準クロック信号
C.ジッターがなくなったデジタル信号
ジッターが乗った信号からクリーンな信号を取り出すため「B」のマスタークロックはD/A変換部に置いてディスク再生側にそのクロックを配って同期させていたようです。
XL-Z711という1988年のCDプレーヤーに搭載されました。カタログはこちらをご覧ください。 技術的には1985年に考案されていたらしいです。
デジタル入力アンプ(AX-Z921)では、同期クロックをCDプレーヤー側に渡せない(SPDIFの仕様上)ので、入力したSPDIF同期のPLLを2重にして、通常よりもジッターが少ないマスタークロックを生成して、デジタル信号叩き直してクリーンにしていたようです。ひと口にK2インターフェースと言っても回路方式が全く異なります。その後、K2テクノロジーという別の呼び名にしてごっちゃになっていきます。
ちなみに、私が持っているAX-Z911にはK2インターフェースは入っていません。
これらリクロックは、ASRCのようにビットパーフェクトを保てない演算上の処理とは違い、データ自体の加工をせずにジッターを減らすという狙いがあります。しかしリクロックといっても様々な手法があって、効果も欠点も同じではありません。そもそもDAC側のクロックをマスターにして(上流の)再生機器をスレーブにすることをリクロック(Re-clock:クロックの再生成)と呼ぶのかも怪しいです。
製品として「リクロック」と書いてあるものを見かけたら、どんな技術でクロックを再生成しているのかを読み解くのも面白いと思います。
ReClocking とか ReClocker と呼んでいるケースもあります。
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コメント
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USBDDCはDACに近い側でクロックを用意できますが、USBからの電源ノイズや、非同期モードを利用しない場合はサンプル単位でのずれや補間が行われることになりますね。
少なくともWindows8.1までは既定のデバイスでは非同期モードを使わないらしく、ASIOやWASAPI排他モードより音が劣ります。
電源のノイズも、アイソレーターを使えば回避できますが、アイソレーターのジッターが音に与える影響が無視できません。
私はクロックをLVDSに変換して、1.1Gbpsまで使えるLVDSアイソレーターのADN4654で絶縁する方法を試してみたのですが、これは大きな効果がありました。
機会がありましたら、一度試されてはいかがでしょうか。
ESSのDACがI2SでもASRCを通すのは、アイソレーターのジッターの影響を避けるためなのではないかと考えています。
投稿: | 2020年3月 6日 (金) 18時55分
Windows機の場合は、専用ドライバを入れることでアシンクロナス転送できますね。ここ10年以内のものは、ASIOなりWASAPIなりのドライバが大抵付いていると思います。
おっしゃる通り、USB(PC)から電源をもらうとノイズが多く、セルフパワーの方が有利なのは確かだと思います。USBアイソレータも世の中にはありますね。USB2.0対応のモノは高いので試していませんが。。
ちなみに、アイソレータはジッターを低減するものではなく、単にIC間の銅配線(近距離)よりは確実に増えます。(もともとジッターが無い信号をアイソレータを通すと増えるという意味)
ですが、信号にノイズが乗っている場合は、コモンモードノイズをキャンセルできるため、その分は減る可能性もあり、GNDを分離できるという部分では電源的にも有利になります。
ASRCもですが、もとのジッターが小さい場合にはASRCをOFFにした方が良いと言われるように、送り出し側のノイズやジッターの量に左右されるのだと思います。
送り出しがPCなら、信号の下流側で何かしらの対策をした方が有利になるケースが多いんじゃないでしょうか。
記事内であげているMUTEC社のMC-3+USBというDDCはクロックに相当力を入れているため、ここで生成した信号はアイソレーションすることなく使った方が良い結果になるような気もします。
ADN4654は知りませんでした。これだけ高周波まで対応できるデバイスならジッターの発生は少なくてよさそうです。情報ありがとうございます。
投稿: たかじん | 2020年3月 7日 (土) 08時42分
MC-3+USBの詳細は知りませんが、おそらく内部で絶縁した後にリクロックしてるのではないでしょうか。
ジッターに関しては、DDCのクロックモジュールの品質もかなり影響がありました。
Combo384クローンのファームを書き換えようとして動かなくなった時、本物を買おうかとも考えたのですが、SPOにCrystekのCCHD-575を使ったものがあり、データでも位相雑音の少なさを自慢していたので、こちらを購入しました。
このクロックは、値段は高いものの、一聴して素晴らしさが感じ取れるほどいいクロックだと思います。
京セラのKC7050Kもかなりの音質で、値段も安いのでお勧めです。
投稿: | 2020年3月 7日 (土) 19時43分
USB-DDCに関して言えば、リクロック(クロックの再生成)ではなく、自身がマスタークロックになるので、おっしゃる通り搭載するクロックの品質が命ですね。
CCHD-575は知りませんでした。なかなか良い水晶と思います。
KC7050Kは、SabreberryDAC ZEROというラズパイ用のDACに採用しております。
その前身のSabreberrry+というDAC基板のときにSPXO、TCXO、OCXO、MEMSなど20種類くらいテストして決めました。
当時、仕事で精密クロック基準の計測器の設計をやっていて、こっそり会社の機材をつかって実測してました(笑
検討した中で最も良かったのは、モリオンというロシア製のダブルオーブンを更に断熱材で包んで3重断熱にしたものだったのですが、電源ONから2カ月間という準備時間が必要で、実用にはちょっと問題ありでした。でも、基準機(数百万円のルビジウム)と比較しても遜色ない安定度を25万円という格安の部品で実現できるのは魅力でした。(基準機も電源を落としたら完全に安定するまで1~2ヶ月待ちです。。)
逆にダメダメだったのは、カタログスペックだけ優秀なMEMSクロックです。ガチャガチャな特性をデジタル補正で無理やり±1ppmとかに押さえ込んでいるようです。シリコン上に組み上げるプロセスなので電子的な回路・仕組みを入れやすく、数値を上げるための補正をバリバリ入れた結果なんでしょうね。物理的に品質を極めて一球入魂的なOCXOの発振子とは正反対の攻め方と思います。
実際にDACに搭載もしてみたところ、高域がにぎやかで鮮度が高く聞こえます。が、30分で聴き疲れして私の好みではありませんでした。
https://xtech.nikkei.com/dm/atcl/news/16/092304218/
こういう記事を読んだら興味が出ますよね。期待を裏切られました。
投稿: たかじん | 2020年3月 7日 (土) 21時15分
MEMSバージョンのクローンもあったのですが、MEMSはあまり良くないのですか…
NDKのNZ2520SDAは非常に性能が高いのですが、
https://ednjapan.com/edn/articles/1606/01/news121.html
前身のNZ2520SDで測定結果があまり良くないのを見掛けて気になっていたのですが、個体間のバラツキが大きいみたいです(SDAではもう少し改善されているみたいなのですが…)。
https://www.diyaudio.com/forums/group-buys/309435-ndk-nz2520sda-oscillators-buy-18.html#post5391012
オーディオ用の部品は、実際に使ってみないと音の判断は難しいですね。
投稿: | 2020年3月 9日 (月) 20時57分
https://www.ndk.com/jp/technology/info/20190325/index.html
https://www.chip1stop.com/sp/interview/sitime-mems_iv
メーカーが宣伝に使っている資料というのは、当然ながら自社製品の良いところを書くわけで、どこまで信用して良いのか難しいですね。
TCXOやMEMSのように周囲温度で補正するデバイスは、温度が変化している最中の位相ノイズデータは決して出してきません。
アナログ式TCXO(消しゴムくらいのサイズ感)は、無段階でじんわりと周波数補正されますが、近年の小型TCXOはデジタル補正で、1℃とか変化した瞬間、ガクンと補正されて位相がずれます。温度センサーの分解能を上げて、0.5℃、0.2℃などと細かくしていくと周波数安定度(±何ppmとかのスペック)を良くできますが、僅かな温度変化でガクンとずれる補正が頻繁に入ることになります。通信用途なら気にしないのですが、オーディオ用途としては、ちょっと遠慮したい動作です。
まあ、最終的には試聴して判断するしかありませんが、カタログスペックを見て±30ppmのSPXOよりも、±2.5ppmのTCXO、さらに±1ppmのMEMSの方が優れていると、一度でも思い込んでしまうと、それが離れなくなってしまう可能性もありますね。
結局は好みなので使う人が満足ならそれで良いと思われます。
私は、KC7050KやNZ2520SDの音が良いと感じたので採用しました。20種類も買うと、いちいちデータシートの数値を見ることもせず、3カ月くらいあれこれやってると単価のことも忘れて純粋に音を比較できます(笑
https://twitter.com/TakazineZone/status/1182138754057695233?s=20
投稿: たかじん | 2020年3月10日 (火) 21時53分