擬似A級アンプと純A級アンプとの差
かつて、オーディオメーカーは様々な擬似A級アンプを開発していました。純A級アンプは最終段SEPPのデバイスの電流がいかなるときも枯れず、スイッチングノイズなし、クロスオーバー歪が少ないというメリットがあります。
< アキュフェーズA級アンプ「A-50」のアンプブロック >
では、A級アンプの何が欠点なのか?
一言でいうと「発熱の多さ」です。
その発熱の元凶は「高い電圧」と「多いアイドリング電流」にあり、結果的に大きなパワーのA級アンプを作りにくくしています。
ジュールの法則より 発熱 = 電圧x電流 だからです。
例えば、アキュフェーズのA-50が50W+50W出力で30kgを超える巨体になっていることからもうかがい知れますね。
つまるところ、A級動作で100W以上のパワーが出せるアンプは夢のような話なのです。
ジュール熱は物理現象なので発熱を下げるのに特別なマジックはなく、電源電圧を下げる。もしくは電流を下げる、という2つのアプローチしかありません。
1.特殊なバイアス回路で電流を枯れさせないノンスイッチングバイアス方式
2.大きな振幅がある時だけ高い電圧をかける可変B電源方式
別の視点として、バイアス回路にしても可変B電源にしても
1.Hi-Lowの2段切り替え方式 と
2.連続可変方式 と に大別できます。
また、テクニクスClassAAのようにそれらに属さない方式も生み出されました。(擬似A級といえるかどうか何ともいえませんが。)
ざっと調べたところ、
テクニクス
「A+ 級 (Class A+)」
77年 SE-A1 8Ωと4Ω 350W+350W
A級アンプのアース電位を別の電源アンプで信号に同期させて振幅させる回路
「New Class A」
入力信号に同期して出力段のバイアスをコントロールするシンクロバイアス回路
によりノンスイッチングを実現した回路
「Class AA」、「MOS Class AA」、
ブリッジを介したB級アンプで電流を負担して、電圧増幅アンプの負荷を軽くする回路(電流アンプはノンスイッチングではない)
ヤマハ
「Hyperbolic Conversion Amplification(HCA)回路」
87年 MX-10000 8Ω200W+200W、4Ω400W+400W
トランスリニア原理を応用したバイアス連続可変ノンスイッチング回路
「Dual Amp Class A with ZDR」
信号に応じたバイアス切り替え、B電源切り替えする回路
ビクター
「スーパー A」、「ダイナミックスーパー A」、「アドバンストスーパー A」、「オプト・スーパーA」
95年 ME-1000 8Ω 250W+250W
スーパーAはスレッショルド社が開発した可変バイアス回路によるノンスイッチング回路(詳細不明)で、79年にパワーアンプM-7050に最初に搭載された。
「デジタルピュア A」
デジタルデータ解析で先行してB電源切り替え&バイアス切り替えする回路
マランツ
「クォーター A」
81年 PM-6a 8Ω 120W+120W
最大出力の1/4までA級動作、それ以上でB電源とバイアスを切り替える回路
パイオニア
「ノンスイッチング・サーキット」
79年 A-900 8Ω 110W+110W
バイアス回路を工夫したノンスイッチング回路(詳細不明)
デンオン
「ピュア A 級」、「New Super Optical Class A」、「MOS Super Optical Class A 」
79年 POA-3000 8Ω 180W+180W
信号入力に対してバイアス電圧を切り替えて小出力時の電流を低減する回路
三洋
名称を忘れましたが、パルスアンプでB電源を作って連続可変B電圧にした低消費電力パワーアンプユニット。(STKシリーズ)
マランツPM-80のように、動的に可変せずユーザーがスイッチでA級20W、AB級100Wを選択できるアンプまで登場しました。(擬似ではなく純A級)
他にもあったかもしれません。
こんなにも沢山の種類が各社から製品として出ていたのですが、ほとんどが無くなってしまいました。
私の推測ですが、止めてしまった理由として考えられるのは、
・バブルが崩壊して製品に対するコスト意識が高まったこと
・スイッチングノイズが少ない高速パワートランジスタが開発されたこと
・開発期間サイクルが短くなり、複雑な回路の設計がしにくくなったこと
・擬似A級を実現しても純A級との音の差が依然として残ったこと
これら複数の要因が重なった結果かなって思います。
特にHi-Low切り換え方式は、切り替わった瞬間に何らかのノイズを発している可能性があり、気持ち悪さが残ります。そのため通常使用で殆ど切り換えが起こらないように切り換えタイミングを20W~35Wくらいに設定していて、普段は小出力A級アンプとして動作していました。
黒田氏のゼロディストーションアンプは、バイアス電圧を連続可変したノンスイッチング回路になります。そして、無理に大出力を目指さず、電源電圧を下げてアイドリング電流を少し多めに設定した回路になります。
常時300mAほど電流を流しているので固定した通常バイアス回路でも8Ω2WくらいまでA級動作します。そこそこ高能率なスピーカーでは1Wもあると普通に音楽が聴ける音量になりますので、十分なアイドリング電流が流れていることになります。
最終段の電流グラフ 上曲線:NPN、下曲線:PNP 中央(赤):負荷
1W出力(上:通常 下:トランスリニア)
アイドリング電流300mAでは、どちらも電流は枯れません。
2W出力(上:通常 下:トランスリニア)
通常バイアスでもぎりぎりセーフ。まだ電流は枯れていません。
※ (アイドリング電流x2)^2 x 負荷抵抗 が理論値
10W出力(上:通常 下:トランスリニア)
通常バイアス側は完全に電流が枯れてスイッチングしています。トランスリニアの方は枯れません。
別の視点で見てみましょう。
8Ω負荷で10W時、SEPP部のみで発生する歪を比較してみました。(入出力の差分ですが、エミッタ抵抗などで減衰する分を係数かけて波高値が最も小さくなるようにしています。)
青=通常バイアス。赤=トランスリニアバイアス。
p-p値で17倍ほど差があるようです。同じアイドリング電流300mA同士でもトランスリニアバイアスは歪が小さいですね。
黒田式ゼロディストーションアンプは、
2WあたりまでA級動作というアイドリング電流多めのAB級
ノンスイッチングバイアス回路
動作切り換え無し
という優れた回路です。
黒田式にはもうひとつ仕組みがあります。それは高域までの多量帰還です。スイッチングしない低歪な出力段を採用しているのに、高域まで多量のNFBを用いて更に低歪化を図っています。
また、オーディオ用として音質に定評のあるOPA627を使用している点も音質に貢献していると思われます。
※)OPA627、OPA637、OPA2604、MUSES01など高級なOPAMPは高く売れるため偽物が多く出回っています。写真で比較しても本物を知らないと見分けられません(偽物の方が多く写真が出回っていたりする)。eBay、ヤクオクなどは特にお気をつけください。
こちらにて、予約をキットの受け付けています。興味のある方はいかがでしょうか。
https://eleshop.jp/shop/g/gJ9D411/
どこかで試聴できると良いんですけどね。試作機は、いま、私の部屋の転がっております。。。
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コメント
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>・擬似A級を実現しても純A級との音の差が依然として残ったこと
純A級の音の良さの原因はスイッチングノイズなしやクロスオーバー歪が少ないだけで無いという説もありましたね。アンプ全体の重さ,熱的安定,余裕のある電源部etc.
投稿: onajinn | 2019年9月26日 (木) 11時10分
はじめまして。sue18jpと申します。貴重な知識や経験を広く公開していただきありがとうございます。
最近オーディオを自作を始めた初心者です。
色々自作オーディオを検索して勉強中で、最近ALX-03 LAPT版を作製したところです。
(muses03は売り切れ&ちょっと手がでないのでopa1652を使っています)
まともなパワーアンプを買ったことがなかったので、こんなにいい音で鳴るのかと毎日たのしんでおります。
今度はヘッドホンアンプHPA-12作成予定で大体部品を揃えました。(スイッチサイエンスさんでは売り切れていたので共立エレショップさんで購入しました)
黒田式ゼロディストーションアンプはたかじんさんが実装を担当されることをブログで読み、トランジスタ技術の元記事に興味を持ちました。初心者の私にはまだまだ手が出せないので、申し訳ないのですが、トラ技2018/7を手に入れLTspiceでシミュレーションして動作を勉強中です。
(正直シミュにディスコンのa1145/c2705やspice modelが手に入らないc2837/A1186には困っていしまい、代替品でしのいでいるので、ちゃんとシミュできているかわからないですが)
削除された開発ストーリーは是非読みたかったですが、残念です。
ゾベルフィルタコイルの向きの問題は、ちょっと下記の記事にも乗っていたので、たかじんさんの御尽力が合ったのではと思ってしまいました。
後々、基板とトランスだけでも販売してもらえたらなあと虫のいいことを考えてしまいました。
トラ技2019年5月号p179-にこの回路(初代アンプ)の消費電力を削減、20kHz歪みをさげる、高効率改良型の回路を、黒田氏が投稿されています。
OPA637 3段ダーリントン トランスリニアバイアスで、どこかで見たことがある回路だと思ったら、ALX-03のバイアスと出力エミッタ抵抗を、トランスリニアバイアスに変えた回路になっているように見えます。たかじんさんはどう思われますか?
オペアンプの偽物は黒田氏も掴まされたようですね。コラムに乗ってました。
長文失礼しました。
投稿: sue18jp | 2019年9月28日 (土) 01時53分
onajinn さん
確かに電源部の豪華さは影響力が大きそうです。ヒートシンクの大きさ、というか強度や共振具合も音に影響があって、一部のメーカーでは防振テープを貼っているくらいですし。
10万以下の普及価格帯ではかけられるコストに限度があって高級機との差はどうやってもなくなりませんが、これは仕方ありません。
そういう意味では、50万以上の高級機で擬似A級をやっていたアンプの音を聴いてみたいです。
投稿: たかじん | 2019年9月28日 (土) 08時35分
sue18jp さん
私もいろいろ調べて分かってきたことがあります。
擬似A級が流行った1970年代~80年代のパワートランジスタは、高速なものがなく発展途上でした。
その頃は、AB級動作でスイッチングノイズが大きく出ていたと思われます。80年代後半に登場したサンケンLAPTはAB級で使っても、見えるほどのスイッチングノイズを発しません。ひずみ率計のモニター出力で見ると10Wまで上げて初めて、わずかなトゲが見えてくるくらいです。
A1145/C2705あたりも偽物だらけなのでeBayでは買わない方が良いですね。あんなに安いトランジスタですら偽物が出回るとは、誰得? と思ってしまいます。
シミュレーションは、正確なモデルがあっても高域まで完ぺきな再現はできないと思った方が良いですよ。どう動作するのか、動作原理を把握するという意味ではとても勉強になります。
と、割り切って考えるとデバイスモデルがなくても嘆くことはありません。
ALX-03、HPA-12のご購入ありがとうございます。
可能な限り簡単に作れて、部品も入手しやすいものを使っているつもりですが、基板の方が売り切れてしまうのは申し訳ありません。
初段にOPAMPを使った回路は(本格オーディオとして採用例は見ないけど)昔からありますし、3段ダーリントンもオーディオアンプとしては普通です。マーク・アレキサンダー氏は電流帰還、黒田氏は電圧帰還を使っているところが大きく違いますね。
誌面では伝えきれないことが沢山ありました。
CQ出版さんも「本を買わないと情報が手に入らない」という時代ではないことは感じていらっしゃって、CQさんの特別サイトで情報を追加していくという話も上がっています。今後ともよろしくお願いいたします。
投稿: たかじん | 2019年9月28日 (土) 09時26分
はじめまして。skyblueと申します。長年、細々と半導体アンプを作り、ここ数年はトランスリニア・バイアス(TLB)回路搭載のパワーアンプに傾倒してきました。
TLB回路は、ラジオ技術2006年12月号からの黒田徹氏の連載で知り、これは画期的だと思いました。その後、上條信一氏のWEBサイト『進化するパワーアンプ』に載っていたTLB回路搭載のパワー・アンプを製作しました。ところが、肝心のTLB回路は一向に広まりません。何故なのか不思議に思っていたのですが、今回のたかじんさんの解説でわかったような気がします。残念ですが、とっくに必要ではなくなっていたようですね。
ところで、前述の上條氏設計パワーアンプに続き、黒田氏設計のパワーアンプ(トラ技2019年5月号)もまがいなりに完成し、今はたかじんさんのALX-03 MOS-FETバージョンを製作中です。聴き比べが楽しみです。
蛇足ですが、トラ技紙面から『削除された開発ストーリー』を私も是非読みたいです。私にとってそれはこの上ない教科書だと思うので。
投稿: skyblue | 2019年10月 4日 (金) 09時26分
初めて投稿します。10代の頃から興味はあったのですが知識がなくて踏み込めなかったアンプ作りを、たかじんさんのおかげで楽しむことができるようになりました。言葉を尽くしても感謝のしようがありません。 今までは読ませていただくだけでしたが、オペアンプの偽物について言及されていたので、何か判別できる方法をご存知ではないかと思い投稿しました。OPA2604は秋月でも買えなくなり、digikeyで発注しました(150個)が、個人には売ってもらえないようです。とりあえずebayで10個買ってみたのですが、秋月で買った物と比較試聴するためのBufferを作っているところです。
投稿: ymokQTD | 2019年10月 5日 (土) 02時57分
skyblue さん
はじめまして。 トランスリニアバイアスは、そう名乗っていないけど原理はヤマハのHCAが同じです。
おそらく、スレッショルドのModel 800Aもです。1975年にネルソン・パスさんが設計し、実際の製品に搭載していたことを考えると、すごいですよね。回路シミュレータも無かった時代ですし。
https://images.app.goo.gl/puYJ4ty3d3bPHGy1A
必要ではなくなったか?というと、どうなのでしょう。
100Wをはるかに超えるアンプでスイッチングノイズを発生させないアンプを作るのは、擬似A級でしか実現できないとも思います。
黒田氏のアンプも、それらの回路とは別の構成でトランスリニアを実現していて、私がみた中では最もシンプルになっていると思います。
近年(2000年以降)であれば、むしろ常にスイッチングしているD級アンプの方がハイパワー化に適していますね。一部の高級機にも搭載しています。
これまで高級機でD級を積んだアンプで「これは良い」と感じるモデルはひとつも無かったのですが、テクニクスのSE-R1は、良いと思いました。(買えませんけど)
趣味として作るには、いろんな方式を楽しむという意味ではトランスリニアも良いと思います。上條信一氏もすごい方ですね。ODNFの方も積極的に製作されていらして、興味深く読んでいました。
投稿: たかじん | 2019年10月 5日 (土) 09時39分
ymokQTD さん
はじめまして。自作オーディオ、やってみると楽しいですよね。
真空管ラジオの時代から考えると、おそらく70年以上の歴史のある(?)趣味です。
OPA2604は、本当に入手困難になってしまいましたね。どうもTIが方針転換して個人向けに卸すような販売ルートを断っているように感じます。
ebayでも本物を売っている人もいるとは思うので、本物か偽物か、判別できる手段があれば試してみるとよいかもしれないです。
Twitterで偽物を注意喚起している人がいました。
fakecomponents@fakecomponents
参考になるかもしれません。スルーレートなどを計測していたと思います。
投稿: たかじん | 2019年10月 5日 (土) 09時54分