トランジスタ技術2018年8月号の・・・
トランジスタ技術2018年8月号は、シミュレーションファイルが500以上も収録されたDVDが付録されています。
発売は7月10日ころだったのですが、これまで読む機会がありませんでした。
実は、このときの回路データが収録されています。
8月号の紹介のwebサイト(DVDの特設サイト)ではちゃんと回路説明が書いていますね。これを見て安心していました。
ところが、、、
実際のトラ技を見ると、表題と作者名しか掲載されていません。
表題だけでは何が特徴の回路なのかまったく不明で、このファイルを開く人はいないのではないかと思われます。
また、500個もあると、全てのファイルを開いて実際にシミュレーションをするというのも、普通の人には非現実的ですね。
それに、私がいうのもなんですが
「ワイドラー型ヘッドホンアンプ」と書かれていても興味をそそりません(笑
ワイドラーさんの回路は多くのOPAMP回路のベースになっている、いわば普通の回路だからです。
このワイドラー型アンプの特徴は詳細を見ていかないと面白さは分かりません。
ということで、内緒で回路図を公開しちゃいます。 DVD掲載から若干モディファイして、更に高性能になっています。
回路全体は、このような構成です。NF回路に入っているV4は、オープンループ特性をシミュレーションするためのモノで、普段は「0V」もしくは「バイパス」して下さい。
赤文字は動作電流で、あとから追記しました。極端に電流を多くすることなく、わりと現実的な電流にしています。初段は2mAと少しだけ多めです。
スーパーリニアサーキットのように理想トランジスタが必要ではありませんので、他の品種のトランジスタに変えても似たような特性が得られます。
理由は簡単です。
トランジスタの物理特性に頼らずにNFBに頼った回路だからです。
NFBの要である比較器。つまり、初段回路が凝っています。D4、D7は信号クリップ対策で普段は機能しません。 2段目も凝っていますが、全ては初段の理想動作のためのお膳立てです。
初段のエミッタ抵抗の数値は、半固定抵抗のようにDCオフセットを調整するために中途半端な数字が入っています。DCオフセットが出ると歪率は悪化するので、なるべく出力が0Vになるように調整します。
FFT解析の高調波ひずみは、ご覧のように2次と3次高調波がわずかに見えていますが、-170dBを切ります。
トラ技に提出したあと少し回路を改善し、当初-150dBだったものをさらに20dBほど下げることに成功しています。
9次までの高調波を計算したT.H.D.は、0.000003% です。小数点以下のゼロが5個です。
オープンループ特性を表示するときは、AC解析にして、NF回路に入っているV4の「+ノード」÷「-ノード」にします。
この例だと V(n022)/V(n038) です。
(n0**)というノード番号は、回路図エディタが勝手につけた番号ですので回路を変更すると番号が変わりますのでご注意ください。
シミュレーションでは電源が理想的で、配線に抵抗もインダクタンスもなく、たやすく超低歪な回路を作れますね。
実際に回路を組むと、おそらく外来ノイズや電源ノイズとの戦いになります。電源はバッテリーなどを使うことで理想的な条件に近づきますが、その他のノイズは厄介です。0.002%くらいまでのアンプでは気にならなかったものが壁になって、その先が見えてきません。
蛍光灯やパソコン、エアコンなど周囲のノイズを避けて、深夜に電池式LED電球で灯りをとりながら計測しても0.0003%は結構大変です。
これほど低歪なアンプが実現できたとしても計測する手段がありません。
おそらく、これまでに発売された最も低ひずみな計測が可能だったアナログ式オーディオアナライザは、シバソクの「AG15C」「AD725D」のペアと思いますが、それでも-130dBに届かないはずです。
パナソニックのVP-7722Aの発振器は100Hz~10kHzで-130dBの特性を得ていたのですが、ひずみ計測部は1kHzで-125~127dBほどです。オーディオプレシジョンの最高機種APx555はもう少し上かと思います。
AP社のSYS-2700は、THXやDTS規格に適合するための測定データに必須なため、AVアンプを作るメーカーにとっては事実上の標準機になっています。
いま考えると30年前の日本の測定器は、よくできていましたね。某国のオーディオアナライザは30年まえの日本の製品にようやく追いつき、追い越したところなのですから。
今現在の日本のオーディオアナライザの高性能機はすべて生産中止というのが何とも悔しいですね。
専門メーカーであれば、会社の威信・存続をかけて開発するのでしょうけど、大企業のいち部門が作っていると、全社的な業績悪化でサクっと止めてしまう。客観的にみれば「選択と集中」って良い面と悪い面があると思います。
AP社は素晴らしい測定器を開発すると同時に、商売上手でもありますね。
ひずみ率のdB表記とパーセント表記は以下のとおりです。
40dB = 1%
60dB = 0.1%
80dB = 0.01%
100dB = 0.001%
120dB = 0.0001%
126dB = 0.00005% このあたりが測定限界
140dB = 0.00001%
160dB = 0.000001%
※ この回路を実際に製作しても動作の保証は一切ありません。あしからず。
私の勘では発振しないように位相補償するのが大変だと思います。発振しにくいLTspice上でも高域で発生するピークを潰すのに少々苦労しました。
追記==========================
VP-7722AのS/N比 ループ測定(5V 1kHz A-wait)
VP7722AでL/R同時測定しています。7セグ値 左から「発振周波数(kHz)」「Lch s/n比(dB)」「Rch s/n比(dB)」
オシレータ出力をそのまま計測部に入れて「内部発振器」と「測定部の特性」の両方を測るのがループ測定です。
s/n比:127dBくらいの数値はでていますね。素晴らしい性能です。
歪率 ループ測定(5V 1kHz 500kHz帯域)
7セグ値 左から「発振周波数(kHz)」「Lch THD(dB)」「Rch THD(dB)」
一応、-127dBくらい出ますが、オシレータの全周波数ではなく100Hz~10kHzでの性能です。それ以上でもそれ以下の周波数でも徐々に悪化します。(LPF 80kHz ONにするともっと良い数値がでます。)
THD+Nというノイズも評価すると10dBくらい数値が落ちますが、それでもかなりの低ノイズオシレータです。
ガレージメーカーなど、一部のアンプで計測帯域を明記していないものがあります。
歪率の数値は、計測帯域幅(500kHz、80kHz、20kHz)によって値が異なるため、帯域幅が明記されていないと比較できません。
JEITA/IECではA級、AB級アンプは「500kHz」、D級アンプは「20kHz」、それ以外の条件を使ったときは明記することと決められています。
※トランジスタ技術の記事でも測定帯域幅を明記していない筆者さんが多く、数字だけみて単純に比較できない点はご注意ください。私が書いた記事はJEITA基準に則って計測しているので、市販のアンプのカタログと数値で比較できます。
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コメント
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この記事を読みDVDのファイルを実行してみたところ、エラーが発生してRUNできませんでした
ファイルが壊れているような気がします
投稿: elika | 2018年8月25日 (土) 21時17分
elika さん
てもとに当該DVDが無いので直接は確認できませんが、ファイルはLTspice IVで作っています。
もっと新しいバージョンで開くと、デバイス(トランジスタのモデル)がないというエラーがでる可能性があります。
そういうエラーの場合は、適当なトランジスタに変えてみてください。 コレクタ電流(Ic)が100mAから200mA程度のものでOKと思います。 最終段だけはIc=500mA以上のものを使って下さい。
よろしくお願いします。
投稿: たかじん | 2018年8月26日 (日) 08時18分
たかじんさま
ローカルHDDにコピーした後FFT解析できました
DVDのままだと解析できないだけでした
興味深い内容ありがとうございます
-150dBの2次、3次高調波は半端ないです
さらに-20dBというのは他の人の回路を圧倒しているのでは?
だれも追いつけませんね
願わくば、どういう原理で実現できているのか解説を希望します
投稿: 絵梨花 | 2018年9月 8日 (土) 09時46分
絵梨花さん
なるほど、そういうことでしたか。
DVDはリードオンリーなので、トランジェント解析したデータが保存できなくて、そのデータから更に解析するFFT表示が行えないということだったんですね。
-170dBの歪率というのは、たしかに見かけないですね。
特別な技術を使っているわけでもないし、特別なデバイスが必要なわけでもない、基本に徹した回路です。
昔のソニーのESシリーズのアンプが近いことをやっていたように思います。
機会がありましたら解説記事を書こうと思います。
よろしくお願いいたします。
投稿: たかじん | 2018年9月 8日 (土) 21時07分
あ、そうそう。
8月号に差動回路のエミッタ側におかしな回路を入れている例が載っていますが、あれはNGです。
エミッタに余計な回路を入れるとノイズが増えるため歪率が下がりきらないとう罠があります。 筆者さん、そこを分かっていない可能性がありますね。
オフセット調整用の抵抗でも、エミッタ間で100Ωを超えてくるとノイズの影響を避けられなくなってきます。そういう些細なことの積み重ねが必要と思います。
投稿: たかじん | 2018年9月 8日 (土) 21時15分
たかじんさん
>8月号に差動回路のエミッタ側におかしな回路を入れている例が載っていますが、あれはNGです。
99ページの回路ですか?これはcaprio's quadやcross quadなどの名前で呼ばれる回路です。analog devicesのMAT04のデータシートのfig6の回路に使われていました。(linearized cross quadと書いてあります)特殊な差動アンプで回路の仕組みは理解していません。
雑音は同じコレクタ電流の2石+2石なので差動の√2倍で超低雑音アンプでないなら問題ないと思います。この回路ならコレクタ電流が約0.5mAで4個分のショット雑音の等価雑音抵抗が約200Ωと周りの抵抗に比べて特に大きいということはありません。
歪み打ち消しの仕組みはスーパーリニアサーキットよりシンプルでマッチングもよさそうです。
投稿: ダンベルカール | 2018年9月22日 (土) 16時46分
もう一件コメント失礼します。
APx555で測定しまくっている!人がいます。APx555を購入する前はSYS2522を使っています。
https://www.audiosciencereview.com/forum/index.php?threads/master-index-for-audio-hardware-reviews.2079/#post-56045
Aフィルタをかけた残留雑音歪みはなんと-126dBです。
https://www.audiosciencereview.com/forum/index.php?threads/apollo-x16claims-129db-thd-n.4434/post-100714
panasonicの130dBはTHD機能のはずですからやはりAPはすごいです。system oneのころはそれほどでもなかったようですが。
投稿: ダンベルカール | 2018年9月22日 (土) 17時02分
ダンベルカールさん
さすが詳しいですね。
そうでうp99です。
通常の差動回路よりもさらに低歪化をするのが目的でしたら、そのノイズが命取りと思います。 通常の差動を使ったOPAMPでもすでに十分な歪率を達成しているからです。 その上を目指すという意味で・・・ 現状打破するのに、そこじゃないだろうと思うのです。個人的な意見ですが。。。
さて、AP555は必要なオプションをいれて450万円ほどするらしいのですが、それで、VP-7722Aから遅れること30年で劣っていたら、さすがにヤバイでしょうね。
system twoは以前使ったことがあって、AD725Dで測定した結果と比べると1桁悪い数値で底打ちしていました。それよりは進化しているのは確かだと思います。
APが優れている点はアナログ部だけではなく、デジタル計測も可能という部分だと思っています。 DACだけではなく、ADCも計測するとなるとどうしてもAPを使わざるをえなくなりますね。
THD+NにA-waitをいれると高調波が見えなくなるので測定値自体に意味がないですけども。。。現存する測定器としてAPx555がTOPなのは間違いないです。
VP-7722Aの1kHz 5V A-WaitでのS/N比 ループ測定を追記します。
これが30年まえの実力です。
投稿: たかじん | 2018年9月22日 (土) 18時06分
パナソニックの歪率計の能力には驚きました
ヤフオクで5万円くらいで落札されてます
私も欲しくなりました 使い方わからんけどwww
投稿: とおりすがり | 2018年9月23日 (日) 22時00分
とおりすがりさん
パナソニックもシバソクも優秀でした。
中古の測定器は、故障している場合は修理費がとても高い、もしくは修理不能という事もありますし、正しい値がでることがとても重要です。
すでに、基準となる測定器をもっていらっしゃるのでしたら、安価なものをオークションで購入する手もあるかと思います。
しかし、絶対的な数値が欲しいのでしたら校正済みの測定器を買うことをお薦めします。
ちなみに、私が買ったものは秋葉原の販売店で校正済み 15万円でした。 寿命が短いバッテリーと内部のリレーを交換済み。というシロモノ。
もう少し細かいことを書くと、A-wiatと20kHzフィルタオプション付きです。 これがないと使用する用途が限られてきますので、ご注意ください。
投稿: たかじん | 2018年9月24日 (月) 17時55分
たかじんさんのこのページのアンプのひずみ率がいわばcross quadが不要である証左かもしれません。MAT04の回路はcross quadの部分が無帰還かのように大きなΔicで動作する(らしい…)ので使っているのだと思います。
歪み計測にAフィルタは私もそう書いてあるのを見て高調波は?と思ったのですが、Aフィルタは1kHzから6kHzのゲインが+なので1kHzの歪み計測では厳しい条件になります。しかし別のループバック計測もありました。https://www.audiosciencereview.com/forum/index.php?threads/amir-buys-a-new-audio-precision-analyzer-apx555.3442/
FFTで2次、3次歪みが-150dBまで見えない…絶句です。2700シリーズの説明書のFFTでは2次3次が-135dBくらいあったのに。
投稿: ダンベルカール | 2018年9月25日 (火) 00時47分
ダンベルカールさん
貴重な情報ありがとうございます。
APx555はさすがの性能ですね。
A-waitのカーブからすると、おっしゃる通り6kHzまでは2dB弱レベルが上がるのですが、1kHzよりも下と6kHzよりも高域で大幅に減衰しているので、ノイズ成分は大きく下がると思います。
ですので、2~6次高調波が大きいアンプでは値が大きくなり、OPAMPのように低歪でノイズが支配的なカーブを描くものでは低く表示されるのではないでしょうか。A-waitの特性は100kHzで30dB以上の減衰があるはずですが、測定している帯域にも依存しますね。20kHzの帯域制限を掛けていれば、そのへんの差は見えませんし。
ちなみにVP-7722AでA-waitをONすると、A-waitフィルタから発生する歪のため大幅に値が悪化します。
APはノッチフィルタ、BPF以外は、ADC後のDSPで演算でフィルタリングしているのかもしれません。賢い方法と思います。
それにしても28000 USドルって安いですね。日本とえらい差がある。 まあ、正式に見積もり依頼したわけじゃないのですけども。某所つながりでAPx555を借りられるかも。。という話もあるので、機会があったら触ってみたいです。
投稿: たかじん | 2018年9月25日 (火) 14時47分
この記事をみて、以前から興味を持っていたオーディオアナライザVP-7722Aを中古で購入しました。
こんなお願いをするのは大変恐縮なのですが、基本的な使い方をご教授いただけないでしょうか。
ミリバルとオシロスコープは持っていて使えるという初老の初心者です。
投稿: DDおやじ | 2019年5月 9日 (木) 11時37分
DDおやじさん
ミリバルをお持ちでしたら、測定の手順は基本的に似ていると思います。
ミリボルトメーターと発振器がくっついて、ついでに歪率が測れるというものがオーディオアナライザです。
中古で購入されたということで、正しく測定できるかを最初に確認するところから始めると良いと思います。
幸いVP-7722Aの測定系の入力は2系統個別になっていて、2つの値がほぼ同じかどうかで不調かどうか判断しやすいです。(過大入力による故障、リレーの接点不良など入力部が不調になるケースが多いと思われます)
発振器側はオシロで観測して出力電圧の上げ下げ、周波数の上げ下げが正しくできるか確認してください。きれいな正弦波が出ますが、本当に低歪な信号かどうかはオシロでの判別は困難です。
次に、発振器->入力 と直結して、電圧表示(ミリバル)、周波数表示を確認します。このときに、2つある入力を切り替えて、差がないか見ると良いです。
周波数100Hz以下では、値がチラつくのでレスポンスをSLOWにすると良いです。
取扱説明書はこちらにあります。
https://3d-yd.com/jpdf2/VP-7722A.pdf
非常に多機能ではあるのですが、普段使う機能はごく一部です。
ちなみに発振器が不調な場合は、専門店にてオーバーホールしてもらうしか手がないと思います。
投稿: たかじん | 2019年5月11日 (土) 08時34分